貸した本ちゃんと読んだ?あなたが今夢中になっているあの本の話が、ひとことで通じないのは誰のせい? そう、それは貸した本をちゃんと読まない友人のせい。「よかったら読んでみない?」それではまったく、なまぬるい。出会い頭の挨拶は「貸した本、ちゃんと読んだ?」そしてマイブームはアワブームに。

ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の探究 決定版

青木やよひ・著

ISBN:4582765998
出版社:平凡社
発売日:2007/01

kasuyo by tap

脳内彼氏はベートーヴェン!

「私の天使、私のすべて、私自身よ」ですよ、きゃーすごすぎ! 私ベートーヴェンと結婚します! でもベートーヴェンってば独身主義なのよね〜、っていうか、そもそも著者の青木やよひさんのレクチャーにほんのちょこっと出てきた「ベートーヴェンの結婚観」に興味を持ってこの本を読み始めたわけですが、ベートーヴェンといえば第九と運命、あとはのだめで有名になった「ベト7」くらいしか知らなかったんです、私。だけど読み始めて10分くらいでもうベートーヴェンの虜ですよ。なんたって、「わが不滅の恋人よ」ですよ。くー!!

この、ベートーヴェンの死後に秘密の引き出しから発見された宛名のない恋文、通称「〈不滅の恋人〉への手紙」の名宛人がいったい誰なのか、は長い間謎だったんだって。宛名もなく、日付はあっても年は分からず、署名も地名もイニシャルのみ、核心にある出来事は婉曲にしか表現されていないし、当時に読まれてさえ、誰が誰になんのことを言っているのか分からないように書かれてるんだよね。とにかくこれまでにいろんな人がいろんな研究をやってるんだけど、それを後付けしている第一章はまるで推理小説みたい。湯治客名簿、警察記録、新聞記事、郵便案内、果てはゲーテの日記まで、いろんな手がかりからその手紙が書かれた年は1812年であると特定された。

そこから更に、青木さんは関係者たちの家系図、日記、書簡、会話帳(ベートーヴェンは難聴だったから、筆談メモ、今でいうとチャットみたいなものが残ってるのだ)をたんねんに読み込み、現地に何度も足を運んで、具体性、実証性に支えられた鋭い洞察と直感で、〈不滅の恋人〉は「彼女」であると特定していく。最後まで読んでからもう一回「手紙」を読むと、「ああ、そのことを言っていたのか!」と驚くよ、ほんとに。

とにかく「ベートーヴェンに人生を導かれた者の一人」であると自ら名乗る著者の半世紀に渡る研究成果だから、内容が濃い〜。1959年のN響の機関誌掲載のエッセイを皮切りに、青木さんは何回かこのテーマでエッセイや論考を書いてるんだけど、私が読んだのは2001年の「ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の謎を解く」と、この2007年の「ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の探究決定版」。「謎を解く」の方はまだ決定的な証拠が出ていない段階で想像力で書かれている部分が多く、謎解きとしての魅力はこっちが上かな。これが出版されてから9ヶ月後に、ある重要な新資料が発見されたので大幅に加筆修正されたものが「探究決定版」。その新資料の発見で〈不滅の恋人〉が「彼女」であることはほぼ完全に証明されてしまったんだ。すごいなあ。

その想像力(というか構築力といった方が良さそうだけど)はほんとにすごいんだ、何かに書き込まれたことだけではなく、書き込まれなかったことは何か、という点にも着目して、それが書かれなかったのはなぜか、というところにまで踏み込んでて、言われてみれば「たしかにそうだ! それが真実だ!」と言いたくなる説得力の強さがある。ベートーヴェンに関わった女性たち自身のライフストーリーも立体的で、例えばヨゼフィーネとその姉テレーゼの関係なんか、読んでてグッと来ます。テレーゼ〜〜!! 伝記の味付けとか脚色とかではなく、飽くまで真実を知りたいという旺盛な探究心からきているからこそ、迫力があるんだよね。

最初に私が興味を持つきっかけになったベートーヴェンの「結婚観」がいかなるものであるか、というと、こうです。「一人の女性が、彼がいうには、 "彼に従属するのではなく"、彼女の愛と、それとともに至高のものを彼にささげてくれることの方がはるかに重要なのだ、と。男の女に対する関係では、おそらく"女の自由"が制約されていると彼は考えている」(ベートーヴェンの甥の寄宿学校の校長の娘、ファンニーの日記より)そういった考えのもとに、ベートーヴェンは身分違いの恋であったヨゼフィーネとの場合においても、そしてさまざまな障壁のあった〈不滅の恋人〉との場合においても、結婚ではなく「愛と尊敬に基づく安定した愛人関係」を求めていたらしい......気が合うわ〜私もそれいいと思う! 私とつきあおうよベートーヴェン! でも19世紀初頭ににそういうこと考えてるって、なんかすごいよね。独身でありながら早逝した弟に代わって甥のカールの父親役を立派につとめたのもポイント高い。懐深い。そして上機嫌になると得意の語呂合わせ(つまりダジャレ)が飛び出すというのもポイント高い。親しみやすい。この時代から、そして彼の地でも、おじさんとはそのようなものなのか!

従来のベートーヴェン観は、身分違いの女に一方的な恋愛をしては拒絶された偏屈な男、家長になって責任を引き受けることを避け、孤独な晩年を送った男、というものだったらしいけど、そんな評価の仕方こそ偏屈ってもんである。偏屈だから真実を見抜けないってもんである。ああ、ベートーヴェン! これを読んでベートーヴェンの作品をあまり聴いてはいないのに、なんという作品が彼の人生のどんな時期に書かれたものなのか、という知識だけはいっぱい得てしまったので、これを忘れないうちにいろいろ聴いてみたい! (ちなみに、「ベト7」、つまり交響曲第7番は、〈不滅の恋人〉とラブラブの時期に書かれ、その破局直後に初演された作品ですよー)