ライターmamikoのもつれっ話

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第0回  何が私をかう書かせたか

さて、書く書くと告知してから実際に書くまでにずいぶんと時間がかかってしまったこのコラム*1。書く前に試行錯誤しすぎるのは私のライターとしての致命傷とも言うべき悪い癖だ。迷ってるならまず書き出す! 原稿とは書いているうちに自然に整理がついていくもの。書く前にああ書こうこう書こうと頭の中だけでもやもやしているうちはいつまでたっても原稿用紙(というかテキストファイル)は埋まらないのである!

てなわけで第一回には予告したようにずっと書きたいと思っていた山岸凉子*2さんの話を書こうと思っていたんだけれども、思い入れが強すぎて、頭の中だけで悩みすぎたので(笑)、まあいずれは書くけれども今回は保留にしておこうと思います。で、とりあえず今回は、第0回的巻頭言として、ライターという仕事について、思うところをちょっと書いてみようと思う。

【"何でも屋ライター"に未来はあるか】

早いもので私がライターの仕事を始めてから(正確には文章を書いてお金をもらうという仕事を始めてから)20年近くたとうとしている。学生時代に某予備校の塾内誌の編集・ライターバイトを始め、大学卒業後にロック雑誌の編集部に就職したが半年で退社(クビとも言う)。その後フリーランスになって結局そのままずっとライター&編集仕事でやってきた。

最初にメインで仕事をしていたのは今ではあんまり見られなくなった男性向けの総合誌の類で、エンタメ系の特集あれば硬派っぽい特集もある、インタビューからアイドルのグラビアまでまあなんでもありな感じの雑誌だった。そういうところで毎回毎回、特集のたびに違うネタを取材して書くという生活を長年続けたために、今ではすっかり専門をもたない「何でも屋」ライターになってしまったのである。午前中に胃ガンの手術を見学した足で、七草がゆの取材に行き、夕方アイドルのインタビューをこなして夜はUFO対談の原稿を書く、みたいな生活をもうずーっとやっている。

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このコラムのタイトルでもあり私の長年の屋号にしている「もつれっ話(tangledtale)」*3は、そんな私の仕事の日常的な状態を表してるとも言える。つまり逆にいえば、何でも屋のフリーランスライターにとって、世の中のたいていのことは、なんか記事にできないかな♪と思ってしまうネタに見えてしまうのである。壁部員のタップさんが、私の紹介文に「たいていのことに過剰な興味と反応を示す」と書いているが、そんな私の性質は、まあそういうわけでいわば職業病のようなものなんだと思う。(右はルイス・キャロルの『もつれっ話』。今はちくま文庫で読める)

もうずっとこうやってやってきたし、今後もそれが許されるのならそういう仕事のしかたをしていくのだと思うが、そんな「なんでも屋」的ライターというのは実際、かなりの数いるはずだ。いや、逆にいえばそういう「何でも屋」こそがライターという職業の本質なのではないかと思うくらいだ。

なんでそんなことをいまさらあれこれ言うかってーと、こういう仕事のしかたをしていると、若いころから今に至るまですごいよく言われるのが「何か専門の分野を持ったほうがいい」というアドバイス。「そんな行き当たりばったりの仕事してたら都合の良いように使われちゃうよ?」とか。そういやいつか取材にいった某エッセイストのおじさまには「君、フリーライターなんていってちゃダメだよ。それはただで書くライターってことだ。フリーランスといいなさい」と言われてなるほどと思い、以降「フリーランスライター」と名乗るようにしていますが、実際フリーターとフリーランスライターは非常に良く似ている。「いつまでもそんなちゃらちゃら仕事して、ちゃんとした職につきなさい」と世間様に言われ続ける運命だ。(゚∀゚)人(゚∀゚)ナカーマ


【ライターは出世魚か?】

 じゃあ「ちゃんとした」ライターってなんだ? ってことになるとそれはつまり「作家」とか「ジャーナリスト」とかいうものであると漠然と思ってる人は多い(「エッセイスト」とかもあり?←そんな肩書きの人まだいるのかな)。私も若いころは、ライターというものはいずれそういうものになっていかなくてはいけないものなのかと思っていた。でも今は、ライターという仕事と、作家、ジャーナリストの仕事とは、かぶる部分はあっても、基本的には立ち位置や要求される技術が全く違うし、ヒエラルキーの上下に位置づけられるものではないと思っている。

そういや知り合いのライター女子が某エッセイストの人のところに取材にいったら「あなたもいつまでもそんなライターみたいな仕事をしてちゃダメよ。本を書きなさい」って言われたっていってたけど(笑)、ホント、そういうこと言う人たまにいるんです。ライターというのはいつか小説家やジャーナリストに進化する出世魚(出世魚は進化とは言わないが)のようなもので、だがしかし多くのライターは進化できずに雑魚のまま死んでいく、みたいに思ってるんですね。そしてそういうことを言う人はほとんど同業者の人だったりするのが興味深い。独身の女性にむかって、「早くいい人みつかるといいわね」「早く子どもができるといいわね」と言い放つ人にも通じる物言いだ。たぶん自分がそうなってホントよかったと思ってるから親切心で言うのだろうけれどもね、。

まあ小説家やジャーナリストを目指している人だったらそれもまた一つの重要なアドバイスになるかもしれない。でもライターがみんなそれを目指してると思われるのはやっぱり困る。例えばほら、今は多数の漫画家さんのところをはしごするプロの「アシスタント」さんがいるそうですけど、いわばライターというのはそういうものなんじゃないかなと思ってる。そういうアシさんの中から漫画家さんとしてデビューする人もいるでしょうけど、中には、それぞれ違う漫画家さんのところで、毎回違った要求に応えて絵が描けることに自分の仕事の価値を感じている人もきっとたくさんいるはずだ。ライターもまた、書く雑誌や媒体のコンセプトに合わせて七色変化にキャラを変えて書くのが仕事。その自分の変化ぶりにカタルシスを感じてる人だってきっと多いはずなのだ。もちろん仕事の中で、創作系の「小説家」ぽい仕事をすることもあれば、ルポなどの「ジャーナリスト」っぽい仕事をすることもある。それだけの話である。*4むしろ私など「あなたの署名で、あなたの好きなことを書いていいですよ」と言われるとすごいとまどう。「えっと、これってどんな人が読むんですか?」とかやっぱり聞きたくなっちゃうもの。


【ライターとはおいしいとこ取りの仕事】

まあ話がそれたけど、つまり言いたいことは、いわばライターという仕事は、取材した内容や、インタビューの発言を読者につたえる黒子というか触媒のような存在であるということだ。触媒や黒子だから自分がないというわけではなく、むしろ何を選んで記事にするかという意味で、ものすごくそこにはその人の意志や個性が表れるわけなんだけど、だがしかし、その書き手の個性や意志がまずありき、という仕事ではないのだ。そして、普段はマイペースでずうずうしい性格の私だからこそ、そういう我を抑えて誰かの言葉を伝えるに徹するという仕事は、とても面白く、楽しいものなのだ。

 思えば、私は昔から「裏方」が好きだった。学校祭で企画をやるときも、自分が立てた企画にもかかわらず、●●長とか責任者は誰かに名前を貸してもらって、思う存分現場に関わっていたし。とにかく、何かをやるときに、目立たずに、いかに一番面白いところを取るかというところだけに長けてきたきがする。とにかく、いつも一番面白いことが起こるところにいたいというだけなのだ。

ライターとは、「名より実を取る」仕事だと私は思っている。生で現場に行けて、生で面白い話がきける。それが一番の醍醐味。署名記事だろうが無署名だろうが媒体が何であろうがそれはあとで書き分ければ良いことだ(それが仕事)。つまり「私が書いた」ってことにあんまり重きは置いてない。私の知る"ライターが天職"と感じる友人たちは、こぞって「取材が一番好き」と言う。そして、自分が見て聞いた"面白いこと"を、「ねえねえ聞いて聞いて!」と誰かに伝えたいだけ。それだけだ。

つまりライターとは、「表現者」ではなく、単なる好奇心旺盛なおしゃべりな人! のことなのである。←つまり、それは私(笑)。でもって、多くのそんなおしゃべりライターにとって、一番残念なことは何かというと、せっかく美味しい面白いネタをいっぱい仕入れてきても、それを楽しんでいただける場がないというのが一番のうっぷんなのである。雑誌の記事には「文字数」というものがありますからね。

 なのでこのコラムでは、今まで私がやってきた雑多な、あまりにも雑多な取材の中から、言い足りない、書き足りなかったことを新旧、ジャンルにかかわらず、書いていきたいと思っています。ホントは取材したてのネタほど、ホットに書きたいことがあるんだけど、それはやっぱ先に本筋の記事として仕上げるのが道理だと思うので、まあほとぼりがさめてから再調理して出したいと思います。これは、常に「その媒体」に合わせて記事を書いてきた自分にとっても、ちょっとした良い訓練になると思っています。面白いものになるといいな〜。


ということでマメな更新を目指すぞ! 頑張るぞ!

  • *1: 何が私をかう書かせたか 第0回のこのタイトルは、大正時代のアナキストの金子文子の手記「何が私をかうさせたか」をもじったもので、本来コラムのタイトルにする予定だったもの。なんだかんだあって結局タイトルからは下げたが、ミズシマ部員が加工してくれた画像があまりにイケてるので画像はそのまま使うことにした。ちなみに金子文子の「何が私をこうさせたか」は、著書『金子文子 わたしはわたし自身を生きる』(梨の木舎 )で読める。
  • *2: 山岸凉子  山岸さんが1995年に発表した作品『鬼』についての思うことあれこれ。 ちなみにこの作品の文庫版の巻末に私のインタビューが掲載されています
  • *3:  「もつれっ話(tangledtale)」 もともとはルイス・キャロルの不可思議数学パズル本のタイトル。もつれた尻尾(tangledtail)をもつれた話(tangledtale)にかけている。むずかしいけど、眺めて読んでるだけで楽しい本
  • *4: それだけの話 例えば作家の重松清さんなどは、長年雑誌ライターとしても活躍してきた人だが、小説を多く発表するようになっても雑誌でライター仕事を続けているようだ