ロハスでスローライフでサステナブルな旧暦本を
二冊も書いてしまったmamikoが、
懺悔の気持ち(なんでだ)を込めて綴る、
もつれにもつれた旧暦ヲタコラム。
2008年3月 3日
第1回 ひな人形と蛇と、ときどきヒルコ
さて、記念すべき「壁シンブン部」発足の本日、三月三日は、ご存じ「ひなまつり」の日である。まあ新暦だけどね(今年の旧暦三月三日は、新暦の四月八日です)。だいたい新暦だと桃の花も咲いてないし、キュウレキストとしては華麗にスルーしてしまいたくなるのは山々なのだが、世の中的にはやっぱり今日はウレシイひなまつり、なのである。
みなさんひな人形、飾ってますか〜? うちは、えっと...... ( ゚д゚)ハッ! 、飾ってありました、いつのまにか......。風呂も入らず締めきりに追われていた先月末、気づくとオットがいそいそと物置から出して娘と一緒に飾ってくれていたようです。
そもそも、娘が生まれたとき、ひな人形をお祝いに買ってくれようとした両親に対して「え〜、家狭いし、いらないよそんなの〜。それよりお祝いに現金頂戴」と言った私であります。で、普段そういう形式的なものにほとんど興味を示さないオットにも「ね? いらんよね?」と同意を求めたところ、あにはからんや意外にも彼は「いや......買う」とボソっと、しかし非常に力強く言うたのであった。ということでとりあえず一番シンプルな男雛&女雛のセットを購入した。買うとなったからにはついこだわってしまい、「あ〜やっぱ畳は繧繝縁*1だろ。でもって花は適当なのじゃダメ。右近の橘左近の桜*2が基本っす! あ、衣装はちゃんと本格的な束帯&十二単でね!」とかつて岡野玲子さんの『画集・陰陽師』*3で解説記事を書いたときに培った平安ヲタ知識を駆使して納得のいくお買い物をしたのである。
まあそれはさておき、三月三日のひなまつりのルーツ、みなさんご存じですか? 私はもうこの話を何度も書いたり話したりしたので、それを言えといわれると立て板に水のようにだーっと出てきますよ。準備はよろしくて?(なんかめんどくさそうと思う人はとばして頂戴)。
えー、つまりひな祭りはもともと、中国に古くから伝わっている「上巳(じょうし)の節句」が日本に伝わったものであり、それは旧暦三月の最初の「巳(み)」の日に水辺で禊ぎをしたり管弦の宴(曲水の宴とも言う*4)を開いたのが始まりと言われているんです。でもって、日本に伝わったのは奈良時代のころと言われてるんだけど、もともと日本には、季節の節目に病気や厄などの「穢れ」を人形(ひとがた)に移してそれを水に流すことで厄を祓うっていう風習があって、それがむすびついて日本のひなまつりの原型になったと言われてます。巳の日が「三」に通じることからいつしか三月三日に行われるようになったんだとか。中国では奇数はめでたい「陽数」とされてますから、三月三日とか五月五日とか、奇数が重なる日にはなんかしらの行事があるんですね。
つまり中国の三月三日には人形は関係ないみたい。人形飾るのは日本だけで、しかも本来その人形は流すもんだったということですよ。旧暦の三月三日は三日月*5、ちょうど大潮のころだし、舟に乗せて厄を流しちゃえば、大潮の波が遠いとこまでそれを持ってってくれるってわけですね。日本でも時代が下るにしたがって雛人形がだんだん立派になって捨てなくなっちゃって、今みたいに室内にドカーンと人形を飾るようになったのは江戸時代ぐらいのことのようです。ちなみに旧暦の行事を今も重んじる沖縄では、旧暦三月三日に「浜降(はまうり)祭」といって海辺にでかけて宴を開く行事が今も行われてます。
●ヘビと神様とひなまつり●
で、まあ人形のことはさておき、私が長いこと気になってたのは、何で「巳」の日なの? ってことです。調べてみると、中国、漢の時代に書かれた『西京雑記』という史料には既に、三月の上巳と、九月の重陽[*6]の日は禊ぎ祓いして高い場所に登るという風習があったことが伝えられてるようなんだけど、なんで「巳」なのよということには触れてない。
中国の比較言語研究者李均洋氏[*7]によれば、「巳」の甲骨文字と「子」の甲骨文字を比べるとほぼ同じ意味で使われていて、特に「巳」は、妊婦の腹にあるまだ形となっていない胎児を意味する字でもあったらしい。確かに妊娠初期の胎児って、ヘビの子みたいだよね。そういや中国神話の国生みの神、伏羲と女媧[*8]はお互いの下半身が蛇状に巻き付いている神だけど、日本の国生み神、イザナギとイザナミも、最初は人としての形にならなかった子(ヒルコ)を産んで海に流すんだよねえ......。
聖書では悪魔の使いとして嫌われている蛇だけど、東洋神話における蛇は、神の使いとして信仰される聖なる存在。奈良の三輪山[*9]がそうであるように、蛇神はとぐろを巻いた山の神にも例えられるし、古くから蛇神(龍神)は、雨と雷を司る存在として信仰されてる。で、前述の李氏も、旧暦三月上巳の風習は、祈雨信仰に深く関わりがあるとし、このころ禊ぎをした男女が性交することで雨を祈るというような風習もあったと述べている。神事を意味する「祀」という字の原型が、示(台・器)に捧げられた巳(子ども)であるという例をあげながら、男女が子作りをするという行為で、今後の豊作を約束する雨を祈ったというわけですね。
ほほー。そういや昔から、ひなまつりの日にはまぐりの潮汁を食べるのは、はまぐりが女性器の象徴だとか、菱餅の菱形もその形なのだとかいろいろ言われているけれど、やっぱ本筋からそういう意味があったということなのねえ。ちなみに、古くから旧暦三月三日or上巳の日に瓜や瓢箪の種を植えるとたくさん実ると言われてたそうです。ちなみに瓢箪や瓜は、昔から女性の子宮に例えられる植物です。古い言い方だけど、処女喪失のことを「破瓜(はか)」って言うもんね。
さて、ここまでで既にすんごい長くなってしまいました。ネットはいいねえ。字数制限がないから! でもあんまり長いと読んでもらえないので、まだまだ書きたいことはあれど、続きは第二回に持ち越そうと思います。
次は、三月三日、ひなまつりとヒルコ&中絶胎児の謎に迫る! です。 震えて待て!
- *1: 繧繝縁(うんげんべり)平安時代は、身分によって座れる畳の縁の模様が決まっていた。繧繝縁は天皇クラスの人しか座れない最高級の柄のこと。←なんで天皇なんだとかそういうツッコミは許して......。
- *2: 右近の橘左近の桜平安京内裏の紫宸殿の前に植えられていた樹木。紫宸殿から見て右が橘、左が桜。今も京都御所に行けばちゃんとあるよ〜。
- *3: 『画集・陰陽師』(白泉社)『陰陽師』の美しい絵と、岡野玲子さんインタビュー&本編解説つきの濃い本です。本編解説記事、インタビューを担当しました。
- *4: 曲水の宴今も京都・平安神宮などでは三月三日(新暦だけど)にやってます
- *5: 三日月旧暦では一日は必ず新月なので、三日は必ず三日月なの。これ常識。
