家庭技術と保健技術

mizushima

第1回  「技術家庭科」は「技術」なのか「家庭科」なのか

中学生のころ、家庭科と技術の時間は男女別の授業だった。なぜか女子の技術は木の椅子をつくり、男子の技術はハンダ付けみたいなことをやっていた。私は物を燃やしたり溶かしたりするのが大好きで、小学校のころは、うちの母が仕事場からもらってきた細胞診の切片作成につかうパラフィンを溶かしたり固めたり、そのための道具を作ったり改良したりして遊んでいた。めったに手に入らなかったドライアイスも大好きで、フタのしまる空き缶にドライアイスと水を入れ炭酸水をつくろうとして、フタが圧力でふっとんだこともある。そんな訳で、授業でハンダ(金属!)を溶かせるなんて夢のような話だったが、それが叶うのは大学生になってからのことだった。

調べてみると、技術家庭科はかなり昔から慣例的に男女別となっていたらしい。戦後、学校制度が新しく作られた際、家庭科は男子も女子も履修すべきとされた(新しくできた憲法の理念に即して、なのかな)。しかし実際に「家庭科の男女共修」が行われたのは小学校だけ。中学校はというと、1958年に改訂された「技術・家庭科」(つまり、「技家」という1つの科目)で「男子は電気・機械などの科目、女子は被服・食物などの家庭科を学ぶという、事実上、男女別の教科となっていました」のだそうだ*1

1958年といえば売春防止法が施行された年。そんな昔に作られた「技家」の方針は、私(1969年生まれ)にまで影響を及ぼしていたのか。と考えるとちょっとびっくりする。その後、1974年に、市川房枝らによる「家庭科の男女共修をすすめる会」が発足し、家庭科は性別関係なしにみんなに必要だ!という運動が展開され、国際情勢や世論の変化がおき、いまのような男女共修システムになった訳だが、それでも中学校で技術家庭科を男女いっしょに履修するようになったのは1993年のこと。えー、すごい最近だ。ということはつまり、1978年生まれ、いまちょうど30歳の人は、ギリギリ中3で男女同じ授業を受けたってことになる。それより大きい大人はだいたい男女別授業と考えていい。

ここで、私は「家庭科」は男女いっしょに受けるべきだと言いたい訳ではない。

なんで中学になると男子だけが金属を溶かす授業があるのか、という点を問いたいのである。小学校では工作だって家庭科だって同じ内容の授業を受けているのに、中学になるとなんで女子は「技術」を受けられず、そのかわりに「家庭科」を受けることになっていたのか。あるいは私が行ってた中学校のように、「技術」は「技術」でも、女子と男子で内容が違う授業をやってるのはどうしてなのか。男女別にわけるにしたって、なんであの内容なのか。「男子はちからもちだから、力作業が多い木工を。女子は繊細で丁寧な作業ができるから電気工学を。」という考え方だってできたはずだ。

とはいえ、いまとなってみれば、「技術」と「家庭」を合体させた「技術家庭科」には、先見の明があったと言える。いまの「家庭」には技術がごろごろしているし、私たちの身近な技術といえば生活がらみのものばかりだからだ。よりよい家庭生活をいとなむためには、それをどう使うかはともかく「技術」の知識と体験が必要だ。技術家庭科はいまでも「技術分野」と「家庭分野」に分けられているが、どうせならもっと合体させて「家庭技術」にしちゃえばいい。ついでにいえば、からだや健康にも、技術はかかせなくなっている。だから保健の授業にも「保健技術」が必要だ。

そういった訳で、このコーナーでは、家庭内にある技術や、からだ・健康関係の技術を取り上げて、いろいろ調べていきたいと思います。(1回目おわり)